It's Just A Burning Memory

csgb @bar fam 2019年6月28日(金)21:00~ ¥1500(1D)

Guest DJ: tmym

DJ: 5atoru, shinshin, tdsgk

ということでtmymさんが久々に出ます!よろしくお願いいたします。私も2か月ぶりのcsgbなので楽しくやりたいです。

AOBA NU NOISE 13th Anniversary Party @Hi-hat Sendai 2019年7月6日(土)(第一部)19:00~23:00 ADV.¥2500(+1D)DOOR.¥3500(+1D)

Live: 空間現代、ZVIZMO(伊東篤宏+テンテンコ)、Contraire、Waikiki Champions、Masaki Saito

&AOBA NU NOISE crew

(第二部)23:00~ DOOR.¥2000(本編第一部参加の方は無料)

Live:食品まつり aka FOODMAN、海風土(テンテンコ+Manabu Murata aka J<KURUUCREW、AKBK>)、Se9ence×Casin 、!?どっちがDOCCHI!?、King Rambo Sound

 もちろんAOBA NU NOISEもよろしく!

 

さて、職場まで日頃は車で通っているのだがここ3日ほど接待の宴席もあったので、電車を乗り継いで通っていた。

 

我が家は最寄りの駅まで歩いて最短15分、というなかなかのところなので結構朝早くに起きて行かないと間に合わないのでそれだけでも大変だったのだが、革靴で歩いて足が痛くなったり、という事態になったので日頃の運動不足を何とかしないとな、という決意と、革靴だけでもこんなにひーひー言ってるわけだから、パンプスだヒールだ、というものを強要されている女性たちはどんな足になってしまうのだ、と憤りを更に強くしたものである。

 

また、別に満員電車は勿論嫌なものだが、それ自体はまあしょうがないのか、とか思うことはできる。しかし、そんな状態の電車の中で普通にリュック背負っている連中の多さに辟易したなんなんだろ、どんだけ邪魔かとかわからないのかしら皆スマホに夢中で・・・。もう平日の2日間はそいつらに対して怒り心頭だったので、そういうことをしている老若男女、1人1人駅に着いて列車の扉が開くたびにリュックをつかんでホームに引きずり出して、リュックをつかんでうおおおと大回転の勢いで振り回して、手を放して転げさせる、というヴィジョンを1人1人に対して思い描くことでしか平常心を保つことができなかった。

 

まあそれは置いておいて電車通勤だったこの3日間全く車に乗っていなかったので、今日の日曜日になってようやく郵便局に不在の荷物取りに行ったり、佐川急便の営業所に営業所止めの荷物取りに行ったり、ドラッグストアに行ってトイレットペーパーとかティッシュペーパーとか買いに行ったり、ということがようやくできた。こうしてみるといかに自分の生活が車があることを前提に組み立てられているか、ということを実感して地方都市に住んでいると車が中心になってくるんだなー、ということを改めて考えたりした。「車が売れない」とか聞くが本当に?という勢いだなこっちの方は・・・。

 

また、車に乗れなかった3日間の間に私の親(悪)友からハードオフに於けるやばい入荷の話とかを知らされてしまって、まあ時間が物理的になかったこともあるけれども、車が使えないからそんな情報をもらっても、万難を排してハードオフにレコード掘りに行く、などということがまず絶対に万難を排すことができなかったりして、実に歯がゆく、嗚呼こうしている間にもBirdlandのシングルが、Jesus Jonesのシングルが、どんどん売れて行ってしまう・・・、と不安で大変な気持ちの3日間を過ごし、やっと今日行けて、まあ当然Birdlandは全部あったしJesus Jonesも買えたし、何ならJesus Jonesに至っては我が家にある奴を勢いでダブって買ってしまったり、とかできたのでまあ何ら問題はなかったのだけれども。

 

明日からまた車通勤になるのだけれども、まあたまには大胆に歩きを取り入れないとな・・・。でもそうなるとまた電車の中で上記ホーム引き回しぶん回しのヴィジョン、はたまた選挙事務所に炎を上げながら突っ込んでいくタンクローリーのヴィジョン、とか思い描きながらではないとやってられないのだろうか、それも不健康だな・・・。

 

今日はそんなに足が疲れた状態だったけれどもソウル・フラワー・ユニオンのライヴに行ったりしたわけで足に止めを刺したりしたのだが、ライヴ、最高だった・・・。上記のように無茶苦茶疲労していた昨今なので、ちょっと行くのどうしようかな、とか思ったりもしたのだが気合入れて頑張って行ったら、ニューエスト・モデルの「ソウル・サバイバー」から30周年

ソウル・サバイバー

ソウル・サバイバー

 

 ということで私の中での重要作であるこのアルバムからのナンバーもバシバシ組み込んで、爆笑MCも随所に、しかしボトムのしっかりしたラウドなギターバンド(もちろんそれだけではないけれども)感が今までよりも強く前面に出ていて、物凄く感動的な、あっという間の2時間半であった。またLikkle Maiの歌う「Respect」だ「Revolution Rock」だ「Racist Friend」だ「Mississippi Goddam」だ、という最高の名曲群のカヴァーも何かやられた、と言う感じで超満足したので明日からも頑張ろう。

 

しかし疲れたことは疲れた・・・。だからThe Caretakerの「Everywhere At The End Of Time1-3」

Everywhere at the End of Time Stage 3

Everywhere at the End of Time Stage 3

 

 を聴いている。もともとアナログで出ていたVol.1~3までをセットにしたCD3枚組である。何でも認知症の進行をStage毎に表現する、というしんどいコンセプトの前半3枚をここでまとめて聴くことができる。SP盤で集められた1930年代のジャズのレコードをサーフィスノイズそのままにいじってまとめたディスク1はなんか不思議な空気感のある、懐かしさ(もちろん自分の原体験の懐かしさではなく、万人共通の懐かしさ)を煽るようなロマンティックな音楽体験ができるのだが、甘い音楽なはずなのになんか怖い甘さが全体を支配する。ディスク2ではその懐かしさはそのままだが反復がきつくなってきて、まだまだ懐かしさが全体を支配しているものの、何だか怖い、というか凶兆、とか言ってもいいような違和感が見え隠れし始める。そしてディスク3では何だかディスク1,2で聴けたような音楽の断片はきちんとあるものの淀んでいて、霞んでいて、単なるノイズになるまでずたずたに引き裂かれていて、最早音楽としての様相が失われつつある音世界になってきて、いやーこれは怖い。でも甘い。だから聴いてしまう。でも怖い。これ、次の「4~6」ではどうなってしまうのか、と戦々恐々である。でも甘い。だから聴く。でも・・・。