Her Eyes Are Underneath The Ground

ところで私のターンテーブルVestaxの、気がつくと12年以上前に購入したごつい奴で、なかなかにトルクもあってまだまだ使える頼もしい奴である。そしてStantonのカートリッジに針でこれまたなかなかに良い音を聴かせてくれるのだが、最近困ったことがある。

それは針が飛ぶ、ということである。否、それだけだったら針交換すりゃ良いじゃん、針圧上げりゃ良いじゃん、で済むのであるが、そういう簡単な問題ではないのである。ある種のレコードの場合だけ、針が飛んでしまうのである。盤に異常はないのに。

私は結構、所謂テクノ系、というかそういうエレクトリックな、ビートの聴いた音楽の12インチも買って聴いているのだが、例えばRicardo Villalobosとか、Raster NortonからリリースされているNHKなどの12インチを聴くと、音圧の凄さのせいなのか針が溝の中でぶれてしまって飛びまくるのである。この眺めは結構壮絶なもので、あまりの音圧に恐れおののいているかのように針が震え、溝から逃げ出していく様はなかなかに美しい、わけはなくありゃりゃ、というものである。

一応何がおかしいのか、と思いもしやこのレコードがおかしいのでは、ということで買った店にそのレコードを持って行ってかけてもらったら何も問題なく再生できてしまうわけである。こうなってくると、針は遂この間に交換したばかりであるし、これはカートリッジの問題なのか、ということである。もうカートリッジが現代の音楽の音圧に対応できなくなってしまっているのではないか、ということである。

確かに考えてみればドイツプレスの12インチの際にのみ針が上記のような感じで飛ぶ。全部低音というかキックがごっつい奴ばかりである。うーん、この間Throbbing GristleのライヴとかGrace JonesとかCrassとかThe Hafler Trioとか聴いた時はなんでもなかったがそれは80年代のレコードだからか。否、こないだWhitehouseの「Erector」聴いた時も、2008年再発重量盤だったけれども問題なかったぞ。2008年リリースのDaedelusの12インチだって無事再生できた。何も問題なかった。いや、しかし問題は「再生できない」レコードの方ではなく「再生できないレコードが存在してしまう」我がカートリッジの方であるのは明らかである・・・。

これはまたしてもシステムの改革を余儀なくされる、ということだろうか。新しいカートリッジ、かあ。最近思いも寄らぬところから色々なことを見直さざるを得ないことが多くて、変化に弱い私としては大変に参ったりしているのだけれども、ここにまでその波が。

しかしAntony And The Johnsonsの「The Crying Light」は何ら問題なくCDで聴いている。約4年ぶりの新作である。思えば前作I Am a Bird Nowから今作に至るまで、Antonyさんは実に精力的に活動していた。Little AnnieSongs from the Coalmine Canaryのプロデュースやったり、客演ということで言えばおそらく物凄い数のリリースに絡んでいたし、Yoko Onoのリミックスとかまでしていた。だからあんまりブランク的なものは感じなかったが、やはりこの本体での作品を密かに心待ちにしていたのである。で、今作であるが、昨年出たEPAnother Worldから感じられたようによりシンプルに淡々と地味な方向に行くのかな、と思っていたら遠からず近からず、の作品であった。前作は結構歌いだしのフレーズでいきなり鷲掴み、とか積み重ねて積み重ねて徐々に盛り上げて盛り上げて、という曲が多かったように思うし、ゲストも豪華であった。それに比すると今作は地味である。まず一聴した感じ地味である。ピアノ主体でストリングスが入ってきたりとか、基本路線は変わらないけれども。しかし今作はドラマティックな展開こそ抑え目であるが、やっぱりよく練られた美しいメロディの曲ばかりなのである。そしてフレーズの積み重ねのような曲が多いが故に、知らず知らずのうちに相変わらず麗しいAntonyのよく震える美声と相俟って頭にこびりつく。なんか比較的シンプルなアレンジだし、アルバム全体がコンパクトな長さなのでするっと終わってしまうような気がするのだが、その若干ソリッドになった感じもまた新鮮である。恐らく前作が大変な話題になったし、一気にメインストリームからの注目があったりで色々な変化が訪れたであろうにも関わらず、思いっきりこうやってしっかりと無駄のない作品が出てくるあたり、物凄い話だと思うのだが。で、結局買ったその日に4回くらい連続して聴いてしまって、もう早くも今年を代表するような名作であることがわかってしまった次第である。

そして余談ではあるが、輸入盤と10円しか違わないし、とたまたま日本盤を買ったら原詞と訳詞がついていて、翻訳しているのは今野雄二だったりした。訳は結構、本当かよー、と思わざるをえないところもあるのだけれどもここにまで包囲網が敷かれているとは、と逃れられない気持ちになったりしたのだった。