Sign Of The Times

ところで、私が幕張に出かける朝、今野雄二氏が自殺した、というニュースをメールでもらったのだった。あまりのことに携帯を家に忘れてしまい、地元の駅に着いてからもう一度タクシーで家に戻る羽目になってしまったのだった、直接関係なく、単に私がおっちょこちょいなだけなのだけれど。しかし大きく動揺したことは確かだ。

私の世代だと、「11PM」なぞと言われても全く見ていなかったし(やっていたのは知っていたけれど)、館ひろしの作詞とか石井明美の「Cha-Cha-Cha」の訳詞と言われればなるほどなるほど、となる程度である。じゃあなんで名前知っててしかも好きなのか、と問われればそれはなんだか大変なことになっているレコードのライナーで、なのである。

Roxy MusicやらBryan FerryやらA Certain RationやらLizzy Mercier DesclouxやらLou ReedやらTalking Headsやら、日本盤を中古で購入すれば何故か彼の文章に出会うことが多かった。最終的にはなんか必ずTalking HeadsRoxy MusicDavid BowieLou Reedの話に帰結していく評論、そしていや、それって妄想じゃねえの、とつっこみを入れずにはいられない暴走気味の解説など、人によっては嫌悪感とかしか抱けないかも知れない類のものだったかも知れないが、私の場合どうしても嫌いになれずに何だか凄く「解説:今野雄二」とあるだけでちょっと買おうかな聴こうかな読もうかな、という感じになったものだった。エレガント、とか言っても良いかも知れないその文体には、たとえ中身が「?」となるような感じでもまあ良いじゃん面白いじゃん、とこちらに思わせる魅力があったのだった。あ、あくまでも私には、という話である。

最近でも私が触れたものではScott WalkerのDVDの監修とか解説(あんまり聴いていなかった、とかそういう衝撃的な発言あったりするが)、Antony And The Johnsonsの訳詞、David Lynchの『Inland Empire』のパンフレット(登場人物の勘違いとかあったりするが)、とか色々あったのでまだまだあの文体、というか「今野雄二」という名前の記されたものとの出会いは続くんだろうな、と思っていたのだが・・・。

私が一番衝撃を受けた氏の文章はBryan Ferry「The Bride Stripped Bare」のライナーである。78年リリースのソロとしては5枚目の作品であって、結構一般的には地味な存在のアルバムだったりする。しかしWaddy WachtelとかRick Marottaとかが大きく絡んでいるせいか(Steve NyeとかNeil Hubbardなどもいるのだけれども)なんか乾いた感じの音でシンプルな印象のアルバムで、この後Roxy Music復活、そしてソロは重厚路線、だったりすることを考えるとこういうFerryさんが聴けるのはここにしかないわけで、ソリッドなソウルシンガー、と言った風情である。Otis ReddingとかAl GreenとかJ. J. CaleとかSam And Daveのカヴァーとかも渋い出来で良いし。まあ、地味と言えば地味、なのかも知れないけれどもソリッドなFerryさんを堪能するにはうってつけの傑作。「Can't Let Go」とかオリジナルも格好良いし、長尺な「This Island Earth」とか最近のライヴでもやったらしいし、本当にオリジナルもカヴァーも粒ぞろいである。

さてライナーの話である。このアルバムには問題のカヴァーが一つあってThe Velvet Undergroundの「What Goes On」なのであるが、ここに今野氏はやはり食いつく。まずこのアルバムのライナー自体、恋人Jerry HallをMick Jaggerに取られたFerryさんの悲しみを慮る、氏の妄想爆発な世界なのであるが(もうフィクションの小説読んでるような錯覚に陥る)、さて引用してみよう。

まさしく現在のフェリイの心境をずばり物語る、という点に於いても、またその歌声の力の入り方という点からもこのアルバム中の白眉としたいこの歌は、イギリスではシングル・カットされた。(改行&中略)いずれにしろ興味深いのは、このロック・クラシックをあたかもローリング・ストーンズ風のリズムに乗って歌い、ジャガーかホールのいずれかに向かって「愛されるのは良い気分だろう」と問いかけずにはいられなかったフェリイの心境である。

大体このアルバム全体のムードを氏は「恋に裏切られた男の悲痛な叫び」という言葉で断言するわけであるからこうじゃなきゃいけないわけである。では最後に私の大好きなフレーズを引用して終わりたい。

彼女を奪ったジャガーを恨み、あるいは自分を捨てたホールに追いすがる代りに、しかしフェリイは失恋という傷口からしたたる血の甘美な味わいにうっとりとなる。その何たるナルシシズムと、そしてマゾヒズムの陶酔!

すげえ・・・。こういう文章にもうCDやらレコードのライナーで新しく出くわすこともないのだろう。さようなら、トーキョー・ジョー。