Non-Alignment Pact

ご無沙汰しておりました。また下らねえ用件で留守にしておりまして。あと、ソフト○ンクの電波の弱さは何か拘りor悪意があるんじゃないか、と思われる今日この頃です。

ちなみに来週の日曜日、28日には月に一度のお楽しみ、AOBA NU NOISEがありますが、なんとまさかの夜22時スタートです。深い感じのスタート時間ですが、我々EVOLは変わらず頑張りますので是非遊びにいらしてくださいませ!!

ところで今年の夏も花火×、浴衣×、海×、BBQ×、ということで終わった。あ、まだ終わってないのか。まあ、それは良いとして、なんか別に自ら望んではいないわけだが、そういうことがないと夏をエンジョイしたことにならない、的な思いに駆られるのは何故なんだろうか。こういうエントリも毎年書いているような気がするのだけれども、毎年毎年夏も終わりの声が聞こえてくるとそういう思いにどぅわーと押しつぶされそうになる。

トマトも食べたしきゅうりも食べた。なすだっていっぱい食べたし、と夏野菜を満喫した。ビールもたくさん飲んだ。汗もたくさんかいた。それだけで良いじゃないか夏の自分、とは思うのだけれども何故か物足りなさを、自分の意思とは関係なく感じてしまうのは、やはりあれか、メディアって奴のせいか。

実際今までの人生で、興味を持って上記リアル夏アイテムに臨んだことはなかったし、それほど楽しいとは思えなかった。なのに、そんな風に自分がしたいことじゃないのにしなかったことによって空しさを味わわせられるというのは全くもって遺憾だなあ、と思うのだけれどもあまりにも「夏の理想像的」なものをメディアで目にすることが多いから、ちょっとこういう涼しくなった夜にはやるせない気持ちになったりするのだな、多分。

まあ、結論としては俺は春も夏も秋も冬も関係なく、Pere Ubuの「Modern Dance」を聴いたりしている、ということだな、うむ。78年のファーストアルバムである。いまだ現役だったりするし、勿論これ以降の作品も凄く良いのだけれども(「Dub Housing」Dub Housingが好きだなあ)何故かやはりどうしてもこのファーストに戻ってきてしまう。元々はガレージ的出自だったりするのだが(実際このアルバム以前のシングルなどは比較的ストレートなアプローチである)、このアルバムではそういうストレートなロックンロール的な部分と、狙っているのか狙っていないのかイマイチはっきりとしない実験的な部分が同じくらいの塩梅で顔を出していて、そのバランスが実に絶妙なのである。とくに挟み込まれるランダムなノイズとかサンプルなど、適当さ一歩手前の格好良さがある。巨体のDavid Thomasの、その体格に似合わぬ不安を覚えさせるような甲高いヴォーカルも危ういバランスを作り出すのに一役買っている。Dead Boysとの絡みなど、パンク、という文脈で考えてしまえることはしまえるのだけれども、何だかパンク、というよりは70年代末期の(そして80年代につながっていく)空気、というものをがっちりと集約したアルバムなんじゃないのかなあ、とか勝手に思うのだが。74年生まれ故かなり無責任な発言なのだけれども。とかそういうめんどくさいことよりもタイトル曲の洗練とランダムさとロックンロール的荒さストレートさとの奇跡のバランスを聴けば全てわかる、という話なのだけれども。