Single Girl, Married Girl

Family and Friends: Rambling Boy

今日、新聞を読んでいたら何かの書評欄で「青年と中年の境界の34歳という年齢で・・・」とかいうくだりを発見したのである。

私は来週(そう、ちょうどジャスト1週間後だ)34歳になる。ということは、私はまだ現時点に於いては「青年」で、来年あたりまで青年だか中年だかよくわからない存在になり、その後は「中年」になる、ということなのか。

そうか、青年である、とまだ言えるのか私は・・・。人間は時間に勝手に名前をつけては区切りまくってきたわけであるが、何だか30歳過ぎても「青年」という呼称は、何だかちょっと違和感があったりするのだった。

かと言って中年、というのも若干違和感がある。思えば昔「中年」という呼称はイマイチ印象が良くないから「熟年」という呼称にしよう、という動きがあったように記憶しているのだが、そもそも「中年」という言葉の使われ方にあまり良い印象のものがない故、「熟年」も同じような道を辿っているように思える。

まあ、どうでも良いことをグダグダと書いてきたが、要は何だか今の私の年齢はどっちつかずの半端な時期、と言えよう。何だか色々なモヤモヤに絡みつかれているような日々を過ごしているのだが、それもこれも全てこのどっちつかずのモヤモヤな年齢のせい、なのである。これがあと1年、2年くらいすればすっきりさっぱりと区切りがつき、晴れやかな日々、になるのだ、ろうか、なあ・・・。

でも実際、相対的なものではなく絶対的な感覚として、若くもなければ老いてもいない、という実に微妙なポジションにあるのは確かである。これから時間が経つに連れて「老い」一直線であるのは、人間として生を受けたもの(あ、人間に限らないや)の宿命であるわけで、それはそれとして受け入れるのだが、と同時にその「老い」とやらに抗ってみようではないか、という半端な反抗的心理、というか天邪鬼さ加減にも磨きがかかってくるわけで、何だか年齢を重ねるって不思議なものである。

と誕生日に書く内容先取りした感じであるが、Charlie Haden, Family & Friendsの「Rambling Boy」を聴いてみよう。ジャズべーシストの大御所として知られる彼氏であるが、実は彼の家族は音楽一家、しかもカントリーのラジオ番組まで持っていたらしい。今作はそんな彼の家族の思い出と共に、新たな、つまり次の世代の家族、そして友人たちと共につくった、ある意味ルーツ回帰(いやそんなルーツがあるだなんて、不勉強故に今の今まで知らなかったのだけれども)カントリーアルバムである。思えば彼の娘(3つ子)はThat Dogで活動していたり、息子もシンガーとしてやっていたり、と結局二世代に渡って音楽一家であることに変わりはない、って何だか良い話だなあ・・・。で、このアルバムにはそういった家族の他にも凄い友人達が参加している。Pat MethenyElvis Costello、Bruce HornsbyにVince Gillに、とまあ、大変なことになっている。で、内容は非常にゆったりと時間が流れてしまう、ほんの数曲を除いて全てカヴァーの、どっしりと構えたブルーグラス〜カントリーナンバーのオンパレードである。凄く楽しい。何か本当に楽しみながら皆でわいわいと作ったのだろうなあ、ということが感じられる非常にリラックスした風情のアルバムである。だからジャズベーシストとしてのCharlie Hadenのファンの方々にはどうなんだろう、という思いはあるのだが私のようにカントリー好き、且つLiberation Music Orchestraリベレーション・ミュージック・オーケストラ大好き、とかいう雑食系の方(含む私)には何だか嬉しくなってしまうようなアルバムだったりする。なんかこう、こういうのって実に表層的なんだけれども、アメリカの古き良き部分を継承しているような感じがして、和むのである。しかも、何か泣ける空気が漂っているんだよなあ・・・。