Seven Miles

もう良い加減に中年と言われる年齢になってくると不思議とノスタルジーというものに囚われがちである。

昔聴いていた音楽、昔観ていたテレビ番組、昔あったもの、昔行っていた店。色々そういうトラップはあちらこちらに点在する。とくに私の住んでいる街は(まあそれはこの街に限ったことではないのだろうけれども)あっさり昔のものがなくなってあっという間に新しいものに変わってしまうもので、そういうノスタルジーを掻き立てられる機会は多々ある。

ということで、突如病のようにノスタルジーに囚われてしまったので、その病気のように私の中に巣食うそれを満たしてやるために、昔からやっているパスタ屋に行ってみた。昔行っていた頃と同じ場所にあるし、たまたま街中で昼時を迎えてしまったので良い機会だ、ということで。

記憶が正しければ18年くらいその店には行ってなかったと思う。また、もっともっと記憶が正しければ、そこに初めて行ったのはもう25年くらい前だったかと思う。当時はスパゲティと言えばミートソースかナポリタンか、という感じで、イタ飯、などという今となってはイタい、こじゃれたフレーズが聞かれるようになるもっともっと前の話である。タワーレコードに行ってから親と一緒によく行ったな、ということを思い出しながら行ったのだった。油っこいスパゲティしか食べたことのなかった少年の私はかなり衝撃を受けて、それ以降喜んで食べていたように思う。

しかし、久々に入った店は往年の面影を全くとどめていなかった。当時のメニューの名残は2,3品にしかなく、後はかなり本格的な匂いのするイタリアンなメニューが並んでいたのだった。私としては当時新鮮だった和風テイストのえびしめじのショウガ風味とか、そういう奴を食べてみたかったのだが(それは私の中に巣食うノスタルジーとかいう病の野郎も同じだったに違いないのだが)、なかったのだ。それ故に「アサリと季節野菜とタコのラグー トマトソース」などというものなどを食べる羽目になったのだった。当時は申し訳程度にランチに付いていたサラダも、今では「シェフの気まぐれサラダ」という仰々しい名前のついた立派な一品になっていたりして時の流れを否が応でも感じる羽目になったのだった。

勿論凄く美味しかった。美味しかったのだけれども、うん、正直に言えばノスタルジーという病とセットで歩いていた私としては寂しかったのは言うまでもない。全ては変わりゆく。そしてこの店に関して言えば美味しいのだから全然問題はない。しかしもう昔の記憶で懐かしがれるところなどないのだよ、という通告を受けた気持ちになって、そんな残酷なことしないでくれよ、とか思いたくもなったのは事実である。

でも、上記みたいなことを食べ○グだか、ぐる○びだかの口コミに書いているような輩がいたのを見たのだが、拙ブログのようなところに書くならまだしも、そういうところに書いちゃうのってもう本当に惨め以外の何物でもないな。下らねえ。それは「今」の店には関係ないことだし。何だか人間歳を取ったらもっと格好良く行かなきゃな。普通にしてたら、つまり普通に昔のことばかり語って、若い者に冷たく当たって、わかってないな、とか言って、「俺の頃は・・・」とか言ってたら本当にダサい親父になってしまうだけだから意識的に格好良く行かなきゃな、と気持ちが引き締まったのだった。2012年は格好良く生きたいものである。

だからNikki Suddenの遺作を聴くのだ。2006年に亡くなった彼の「The Truth Doesn't Matter」を聴く。そりゃあ確かにSwell Mapsは世界最高のバンドの1つであった。でも同じくらいに彼のソロも、もっと言えば弟君Epic Soundtracksのソロアルバムも最高なのは言うまでもない。とくに今作は、彼のルーズなロックンロール志向のソロ作の中では最高傑作なのではないだろうか。ディスコっぽい16ビートとか出て来てビックリしたりするが、全体を貫くどこかポジティヴな感じとか聴いてて凄く高揚するし、彼のソロ作に見られたどうしようもなくグダグダなところ(いや、それがまた良いところだったわけだが)もここではかっちりとした流れの中に取り込まれているように感じられる。いや、まあ、ちょっとユルい感じのバッキングは普通に存在しているのだけれども。メロディもキャッチーだし、ヴォーカルも落ち着いた感じを醸しだしてて安心して楽しめるし、更に歌詞も自分の過去を振り返るようなノリもあったりして、遺作ということを考えるとどうしてもセンチメンタル過剰にならざるを得ないのだけれども、敢えてそれも込みで必聴の名作である。不思議と横ノリの曲に良いのが多いので、もしこれ以降も音楽を作っていてくれたらそういう方向に行ったのかもなあ、とか今となっては悲しいものでしかない想像をしたりしていた。